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【霊感】人は、自分の最期を悟ったとき、無意識に「最後の挨拶」の旅に出る。

  • 2020年1月21日
  • 2020年1月22日
  • 霊能力

これまで色々な人と接して来ましたが、私よりも寿命の短い人は、沢山いました。

人は、自分の最期を悟ったとき、無意識のうちに、親しかった人に逢うために、旅に出るのだと思います。

私が社会人に成りたての頃、学生の頃に親しかった友達が、

山形からはるばる東京まで、逢いに来てくれました。

それも突然に、何の前触れもなく。

今思うと結構な距離だと思います。

学生の頃は、金が無かったので、近くの小さい焼き鳥酒屋で、

すいとんを肴に飲んだものでした。

逢ってから、数か月したのちに、訃報を知りショックでした。

ご冥福を祈りたいと思います。

ご焼香のイラスト(お葬式)

また、私が貧乏学生の頃、いつかはバイクを買って、

一緒にバイクツーリングに行こうと、

約束していた友人から、連絡があり、

バイクを買ったというので、一緒にツーリングにいきましたが、

数か月後、友人はバイク事故で、亡くなりました。

バイク・オートバイに乗った男性のイラスト

やはり、最後の挨拶だったと思います。

私の兄も、仲の良かった、いとこに逢いに、遥々広島まで逢いに行ってました。

なんで今、急に逢いに行くのか不思議でした。後になって気が付きましたが、

その数か月後、兄は亡くなりました。そのいとこも

生まれたばかりの子供を抱いた写真を1枚撮って、白血病で亡くなりました。

2人とも33歳前後で亡くなりました。2人は同級生でした。

やはり、「最後の挨拶」だったのだ思います。

また、私が昔、とても好きだった女性と別れて、数年たったある日、

本屋さんでその人を偶然見かけました。

影からのぞき見ている人のイラスト(男性)

追いかけて、声を掛けようと思いましたが、諦めました。

しかし、その人がバスに乗って帰っていくところを

とても近くで見守っていました。

もしかして、眼が逢うかもと期待しながら、、、

眼は逢わなかったけれど、私の存在を察知し、微笑んでくれていたような

気がしてなりませんでした。

また、数日後、近くのコンビニに行った帰りに、再び、その人の後ろ姿を見かけました。

まさかとは思いましたが、2度も逢うことが出来て、その日は宙に浮いた気分になり、寝付けることが出来ませんでした。

また逢えるかも知れないと、毎日ワクワクしていましたが、

年が明けて、その周辺を歩いていると、何やら極度に虚しい気持ちに襲われました。

昨年末に、その方が癌で亡くなった事を友人を通じて知り、大変ショックを受けました。

心にぽっかり空いた穴のイラスト(男性)

愛しく縁ある人であることは、確かでした。

あの世に旅立つ前に、逢いに来てくれたのかも知れないと、思いました。

私も、人生の折り返し地点を過ぎていますから、

自分の寿命も先が知れていると思います。

その時が来れば、無意識のうちに、最後のやるべきことをやるのだと思います。

ここに親しき人からの「最後の挨拶」をして頂いた方々を挙げましたが、

親しい人というのは、そんなに多くありません。

多くの人がいる中で、一握りの少数でしかありません。

「一期一会」という言葉がありますが、人と人が出逢う回数というのは、元々

一生でそんなに多くは無いのです。

そのかけがえのない人に、「最後の挨拶」をするのが、唯一残された

幸せなのでしょう。

人は、一生を終えようとする時、自分の寿命というものを無意識にわかるのでしょう。

お辞儀・挨拶をしている女の子のイラスト

私の家系は、霊感が強く、死というものに対する意識が高いので、

このような法則性に気が付いてしまいました。

ほんの数年前ですが、お世話になった先輩がお亡くなりになりました。

お亡くなりになる前に、あの先輩に逢いに行かなければならないという

思いが、ふと脳裏をかすめました。丁度、会社を退職する良いタイミングでもあったので、

同僚と二人で行く計画を立てました。言い出しっぺは私です。

他の先輩たちと合流して、結構な大パーティーとなりました。

その2年後、先輩は癌でお亡くなりになりました。

今思うと、やはり、これも「最後の挨拶」であったと思います。

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